最初は忍川にいる鳥で最も大きい鳥は、前章のダイサギと、この章で取り上げるアオサギです。万葉集でアオサギは「たづ」と呼ばれています。万葉集の原文は当て字で書かれていますので「多頭」「田豆」「鶴」などの字が宛てられています。しかし、アオサギだけが「たづ」と呼ばれていたのではなく、鶴に似ている鳥で、タンチョウ、ナベヅル、マナヅル、コウノトリ、アオサギ、オオハクチョウなどがまとめて呼ばれていたらしいです。また、まれに渡来するクロヅル、アネハヅル、ソデグロヅルも含まれているといいます。ここで「たづ」と呼ばれている鳥のほとんどは黒と白の羽を持っていますが、オオハクチョウだけは白い羽で黒い部分はありません。
「現在、たくさんのシラサギが見られるのに、万葉の時代4首しかシラサギの歌がないというのは、不思議なことです。」という1章の疑問に答えるために2章では、万葉集で歌われている鶴歌について「ダイサギ」が入っていないか分析します。
一般的に考えて、サギの生息数と鶴の生息数の比とサギの歌数と鶴の歌数の比には、ある程度似たような関係があることが期待されます。しかし、サギの歌が4首であるのに対して鶴の歌が47首もあるのは鶴の歌が余りにも多過ぎるような気がします。鶴の数がサギの数の12倍も生息している等考えられない。一般的に鶴より何倍も多くのサギが生息しているように考えられるますがどうでしょうか。
多くの鶴の羽には、白い部分と黒い部分からなっていて、サギは、純白の羽を持っている。しかし、足が長く身長も高いし首も長く体形的には似たところもある。サギを鶴と呼んでしまっていることはないだろうか。
そこで万葉集の中で鶴を歌った歌が鶴の何(どんな動作)を歌ったのか調査した。その結果を次の表に示す。
万葉集の歌での鶴の動作
歌の番号 | 歌の中の鶴の情景 | 鶴動作1 | 鶴動作2 | 鶴動作3 |
67 | 鶴が音も 聞こえずありせば | 鳴く | ||
71 | 鶴鳴くべしや | 鳴く | ||
271 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | |
273 | 鶴さはに鳴く | 鳴く | ||
324 | 鶴は乱れ | 乱れる | ||
352 | 鶴がね鳴きて | 鳴く | ||
389 | 鶴さはに鳴く | 鳴く | ||
456 | 葦鶴の 哭のみし泣かゆ | 鳴く | ||
509 | 鳴く鶴の | 鳴く | ||
575 | 入江にあさる 葦鶴の | あさりする | ||
592 | 鳴くなる鶴の | 鳴く | ||
760 | 鳴く鶴の | 鳴く | ||
919 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | ||
961 | 鳴く葦鶴は | 鳴く | ||
1000 | 鳴くなる鶴の 暁の声 | 鳴く | ||
1030 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | |
1062 | 鶴が音響む | 鳴く | ||
1064 | 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は | 鳴く | 騒ぐ | |
1160 | 鶴渡る見ゆ | 渡る | ||
1165 | あさりする鶴 | あさりする | ||
1175 | 行く鶴の | 行く | ||
1198 | あさりすと 礒に棲む鶴 | あさりする | 棲む | |
1199 | 鶴翔る見ゆ | 飛ぶ | ||
1453 | 鶴が妻よぶ | 鳴く | ||
1545 | 川瀬の鶴は 鳴かずともよし | 鳴く | ||
1791 | 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 | 羽ぐくむ(温める) | ||
2138 | 鶴がねの 今朝鳴くなへに | 鳴く | ||
2249 | 鶴がねの | 鳴く | ||
2269 | 鳴く鶴の | 鳴く | ||
2490 | 飛ぶ鶴の | 飛ぶ | ||
2768 | 葦鶴の 騒く入江の | 騒ぐ | ||
2805 | 鳴き来る鶴の 音どろも | 鳴く | ||
3522 | 鳴き行く鶴の | 鳴く | ||
3523 | 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に | 心を引く | ||
3595 | 鶴が声すも | 鳴く | ||
3598 | あさりする鶴 鳴き渡るなり | あさりする | 鳴く | 渡る |
3626 | 鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る | 鳴く | 飛ぶ | 渡る |
3627 | 葦辺には 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | |
3642 | あさりする鶴 鳴きて騒きぬ | あさりする | 鳴く | 騒ぐ |
3654 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | |
4018 | 鶴多に鳴く | 鳴く | ||
4034 | あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる | あさりする | 出る | 鳴く |
4116 | 鶴が鳴く | 鳴く | ||
4398 | 鶴が音の | 鳴く | ||
4399 | 鶴が音の | 鳴く | ||
4400 | 鶴が鳴く | 鳴く |
上の歌で歌われている鳥について判定してみよう。この中で「鳴く」ことがたくさんの歌で歌われているが、この「鳴く」ことが歌われている歌は、鶴を歌っているものと考えられる。なぜなら、鶴は「鶴の一声」という言葉があるように、鳴くときは、一言づつであるがけたたましい声を上げる。
https://www.youtube.com/watch?v=IANFGqOuet0
https://www.youtube.com/watch?v=rLrvD5iXK5k
https://www.youtube.com/watch?v=sUKP1dyqQcw
青サギは鶴ほとでないが、鶴に近いような一言づつの鳴き声をだす。
https://www.youtube.com/watch?v=wYavftkKDbE
これに対して、白鷺(ダイサギ)は静かな鳥であり、鳴かないことはないがたいした声を上げない。しわがれた声で、「カカカカ」と希に声を出すだけで、通常50羽程のダイサギがいても声は聞こえない。Youtubeでもダイサギの鳴き声に関する情報は、非常に少ない。
このことから「鳴く」ことを歌にした「たづ」は鶴を歌ったものとして間違い。
同様にして「騒ぐ」や「乱れる」ことも鶴の特徴でダイサギは多数でいても騒いでいるような感じはない。激しく飛び回ったり大声を上げないのある。
このように、「鳴く」「騒ぐ」「乱れる」を基準にして確実に鶴と考えられるものを選ぶと次のようになる。46首中の35から36首は鶴と考えられるので万葉集中で「たづ」と呼んでいるものは、ほとんど鶴で白鷺は含まれていないと考えことが適切であろう。
動作からの鳥の判定
歌の番号 | 歌の中の鶴の情景 | 鶴動作1 | 鶴動作2 | 鶴動作3 | 判定 |
4034 | あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる | あさりする | 出る | 鳴く | 鶴 |
1198 | あさりすと 礒に棲む鶴 | あさりする | 棲む | ||
1064 | 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は | 鳴く | 騒ぐ | 鶴 | |
271 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | 鶴 | |
1030 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | 鶴 | |
3627 | 葦辺には 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | 鶴 | |
3654 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 渡る | 鶴 | |
3626 | 鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る | 鳴く | 飛ぶ | 渡る | |
3598 | あさりする鶴 鳴き渡るなり | あさりする | 鳴く | 渡る | 鶴 |
3642 | あさりする鶴 鳴きて騒きぬ | あさりする | 鳴く | 騒ぐ | 鶴 |
575 | 入江にあさる 葦鶴の | あさりする | |||
1165 | あさりする鶴 | あさりする | 鶴 | ||
3523 | 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に | 心を引く | |||
2768 | 葦鶴の 騒く入江の | 騒ぐ | 鶴 | ||
1199 | 鶴翔る見ゆ | 飛ぶ | |||
2490 | 飛ぶ鶴の | 飛ぶ | |||
67 | 鶴が音も 聞こえずありせば | 鳴く | 鶴 | ||
71 | 鶴鳴くべしや | 鳴く | 鶴 | ||
273 | 鶴(鵠)さはに鳴く | 鳴く | 鶴、白鳥 | ||
352 | 鶴がね鳴きて | 鳴く | 鶴 | ||
389 | 鶴さはに鳴く | 鳴く | 鶴 | ||
456 | 葦鶴の 哭のみし泣かゆ | 鳴く | 鶴 | ||
509 | 鳴く鶴の | 鳴く | 鶴 | ||
592 | 鳴くなる鶴の | 鳴く | 鶴 | ||
760 | 鳴く鶴の | 鳴く | 鶴 | ||
919 | 鶴鳴き渡る | 鳴く | 鶴 | ||
961 | 鳴く葦鶴は | 鳴く | 鶴 | ||
1000 | 鳴くなる鶴の 暁の声 | 鳴く | 鶴 | ||
1062 | 鶴が音響む | 鳴く | 鶴 | ||
1453 | 鶴が妻よぶ | 鳴く | 鶴 | ||
1545 | 川瀬の鶴は 鳴かずともよし | 鳴く | 鶴 | ||
2138 | 鶴がねの 今朝鳴くなへに | 鳴く | 鶴 | ||
2249 | 鶴がねの | 鳴く | 鶴 | ||
2269 | 鳴く鶴の | 鳴く | 鶴 | ||
2805 | 鳴き来る鶴の 音どろも | 鳴く | 鶴 | ||
3522 | 鳴き行く鶴の | 鳴く | 鶴 | ||
3595 | 鶴が声すも | 鳴く | 鶴 | ||
4018 | 鶴多に鳴く | 鳴く | 鶴 | ||
4116 | 鶴が鳴く | 鳴く | 鶴 | ||
4398 | 鶴が音の | 鳴く | 鶴 | ||
4399 | 鶴が音の | 鳴く | 鶴 | ||
4400 | 鶴が鳴く | 鳴く | 鶴 | ||
1791 | 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 | 羽ぐくむ(温める) | |||
324 | 鶴は乱れ | 乱れる | 鶴 | ||
1175 | 行く鶴の | 行く | |||
1160 | 鶴渡る見ゆ | 渡る |
こうして見ると、ほとんどが鶴とあり、白鷺(ダイサギ)の歌の少なさと鶴の歌の多さはどうしてなのかという疑問が残るが、これについては次のように考えることが良いと思う。
鶴は、頻繁に鳴くし騒がしい。夫婦仲が良い。この性質が歌にとって扱いやすく歌の題材として良く使われたと思われる。
これに対して白鷺(ダイサギ)は、余り鳴かない、また、純白の羽を持っている。鶴に比較すると騒がしくない。これらの性質が歌の題材としては扱いにくかったものと思われる。ただ、日本武尊の死や神社の上空を飛ぶダイサギのような神がかりのような少ないケースでは題材として利用できたものと考えられる。
このように、万葉集では、鳥の数に比例して歌があるのではなくそれぞれのケースが題材として使いやすい鳥が利用された結果、実際の鳥の数と鳥の歌の数は比例しなくなったと考えられる。
次に、万葉集に現れる「鶴」の歌のすべてについて、解説を加える。
第1巻67
旅にして もの恋ほしきに 鶴が音も 聞こえずありせば 恋ひて死なまし
たびにして ものこほしきに つるがねも きこえずありせば こひてしなまし
意味:
旅に出てそれだけでも もの恋しいのに 鶴の声も 聞こえないのでは 妹(妻)恋しさに死んでしまう
作者:
置始東人(おきそめのあずまひと)文武朝の宮廷歌人、万葉集の1,2巻に歌がある。
第1巻71
大和恋ひ 寐の寝らえぬに 心なく この洲崎廻に 鶴鳴くべしや
やまとこひ いのねらえぬに こころなく このすさきみに たづなくべしや
意味:
大和が恋しくて 寐ても寝られぬのに 無常にも この須崎の廻りで 鶴が鳴くべきなのか
作者:
大行天皇(だいこうてんのう、崩御された天皇におくり名が付くまでの名前、ここでは文武天皇)が難波の宮に行幸したときの歌
第3巻271
桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る
さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しほひにけらし たづなきわたる
意味:
桜田へ 鶴が鳴きながら渡って行く 年魚市潟(あゆちがた)は 干潮になったようだ 鶴が鳴きながら渡って行く
作者:
高市連黒人(たけちのむらじくろひと、持統・文武両朝の下級官人)が旅情を歌ったもの、桜田と年魚市潟は、現在の名古屋市南区(海岸近く)近辺にある。
第3巻273
磯の崎 漕ぎ廻み行けば 近江の海 八十の港に 鶴さはに鳴く
いそのさき こぎたみゆけば あふみのうみ やそのみなとに たづさはになく
意味:
岩石の多い岬を 漕いで廻って行くと、琵琶湖の いろいろな港に 鶴がたくさん鳴いている
(鶴は原文では鵠になっているので、鶴でなく白鳥(ハクチョウ)の可能性もある。)
作者:
高市連黒人の歌で、271と同様に旅情を歌んだもの
この短歌における「鶴さはに鳴く」の鶴は原文では「鵠佐波二鳴」となっていて「鵠、クグイ」が使われているので鶴のことでなく、「クグイ」のことである。クグイとは白鳥の古名であるのでこの歌は白鳥(コハクチョウ、またはオオハクチョウ)の歌と思われる。万葉集では、「鵠」を「鶴」と翻訳することが多いが「鵠」は「白鳥」として訳して欲しいものである。なぜなら「鶴」は白い羽と黒い羽を持つのが一般的であるが、「白鳥」は白い羽のみなので、「鶴」の仲間には入れてほしくない。ただ、そのようにして「鶴」に「白鳥、ハクチョウ」は含まれないと考えると万葉集では「白鳥」の歌はこれ1首となる。なぜなら、万葉集で白鳥の歌は1章で説明した588と1687があるが、これはダイサギであると説明したようにこれ以外に白鳥の歌はないのである。よって白鳥の歌は万葉集では1首のみと考えるのも無理がありそうなので「白鳥、ハクチョウ」は「鶴」の中に含まれると考えることが自然かもしれない。
第3巻324
1 みもろの 神なび山に みもろの かむなびやまに
2 五百枝さし 繁に生ひたる いほえさし しじにおひたる
3 栂の木の いや継ぎ継ぎに つがのきの いやつぎつぎに
4 玉葛 絶ゆることなく たまかづら たゆることなく
5 ありつつも やまず通はむ ありつつも やまずかよはむ
6 明日香の 古き都は あすかの ふるきみやこは
7 山高み 川とほしろし やまたかみ かはとほしろし
8 春の日は 山し見がほし はるのひは やましみがほし
9 秋の夜は 川しさやけし あきのよは かはしさやけし
10 朝雲に 鶴は乱れ あさくもに たづはみだれ
11 夕霧に かはづは騒く ゆふぎりに かはづはさわく
12 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば みるごとに ねのみしなかゆ いにしへおもへば
意味:
1 神の降臨する場所 神奈備山に
2 たくさんの枝を出して 生い茂っている
3 栂(ツガ)の木は 実にすばらしく次々に
4 玉葛(つるくさ)は 絶えることなく
5 ここに居続けて 絶えることなく通う
6 明日香の 古き都は
7 山が高くて 川は明るくてすがすがしい
8 春の日には 山を見ていたい
9 秋の夜には 川がさわやかだ
10 朝の雲には 鶴が乱れ舞い
12 このような光景を見る度に 声をあげて泣きたくなる 昔を思えば
作者:
山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が明日香の橘寺の東北にあるミハ山(神岳)に上って作った歌
万葉集の長歌は短歌と比較すると、句の数が多いだけ作者の気持ちをはっきりと表現できて、歌の持つ情感が良く伝わります。
第3巻352
葦辺には 鶴がね鳴きて 港風 寒く吹くらむ 津乎の崎はも
あしへには たづがねなきて みなとかぜ さむくふくらむ つをのさきはも
意味:
葦辺では 鶴が鳴いて 港では風が 寒く吹いているだろう 津乎の崎よ
作者:
若湯座王(わかゑのおおきみ、不詳、この歌以外なし) 津乎の崎は琵琶湖の北部、湖北町
第3巻389
島伝ひ 敏馬の崎を 漕ぎ廻れば 大和恋しく 鶴さはに鳴く
しまつたひ みぬめのさきを こぎみれば やまとこほしく たづさはになく
意味:
島伝いに 敏馬の埼(神戸市灘区西郷川河口付近)を 漕ぎ廻っていると 大和が恋しく 鶴がたくさん鳴いているよ
作者:
若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ、不詳)羇旅(きりょ、旅)の歌という分類中の長歌の反歌として歌われたもの
第3巻456
君に恋ひ いたもすべなみ 葦鶴の 哭のみし泣かゆ 朝夕にして
きみにこひ いたもすべなみ あしたづの ねのみしなかゆ あさよひにして
意味:
君が恋しく どうしょうもなくないので 葦辺の鶴のように 出てくる声は泣くばかりだ 朝も夕も
作者:
資人余明軍(百済系王族の下級官人)が731年7月25日に大納言大伴旅人卿が亡くなったときに犬馬が主人を慕うような気持で作成した歌
第4巻509
1 臣の女の 櫛笥に乗れる おみのめの くしげにのれる
2 鏡なす 御津の浜辺に かがみなす みつのはまべに
3 さ丹つらふ 紐解き放けず さにつらふ ひもときさけず
4 我妹子に 恋ひつつ居れば わぎもこに こひつつをれば
5 明け暮れの 朝霧隠り あけくれの あさぎりごもり
6 鳴く鶴の 音のみし泣かゆ なくたづの ねのみしなかゆ
7 我が恋ふる 千重の一重も あがこふる ちへのひとへも
8 慰もる 心もありやと なぐさもる こころもありやと
9 家のあたり 我が立ち見れば いへのあたり わがたちみれば
10 青旗の 葛城山に あをはたの かづらきやまに
11 たなびける 白雲隠る たなびける しらくもがくる
12 天さがる 鄙の国辺に あまさがる ひなのくにべに
13 直向ふ 淡路を過ぎ ただむかふ あはぢをすぎ
14 粟島を そがひに見つつ あはしまを そがひにみつつ
15 朝なぎに 水手の声呼び あさなぎに かこのこゑよび
16 夕なぎに 楫の音しつつ ゆふなぎに かぢのおとしつつ
17 波の上を い行きさぐくみ なみのうへを いゆきさぐくみ
18 岩の間を い行き廻り いはのまを いゆきもとほり
19 稲日都麻 浦廻を過ぎて いなびつま うらみをすぎて
20 鳥じもの なづさひ行けば とりじもの なづさひゆけば
21 家の島 荒磯の上に いへのしま ありそのうへに
22 うち靡き 繁に生ひたる うちなびき しじにおひたる
23 なのりそが などかも妹に 告らず来にけむ なのりそが などかもいもに のらずきにけむ
意味:
1 宮廷の女官の 櫛箱に乗っている
2 鏡のように美しい 御津の浜辺に
3 すばらしい色(赤)の ひもも解けない
4 恋人を 恋しく思っていると
5 夜明けの薄明りの 朝霧の中で
6 鳴く鶴のように 私はただただ声に出して泣いてしまいます
7 私が恋している 千重の一重でも
8 慰める 心もあるかと
9 ふるさとの方向を 私は立って見渡すが
10 青々と木の茂った 葛城山(奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境)には
11 たなびく 白雲がかかっている
12 天遠く都を離れている いなかの国辺に
13 直に向かう 淡路島を過ぎて
14 阿波を 後ろの方向に見ながら
15 朝なぎに 水夫の叫び声が聞こえ
16 夕なぎに 船の水をかく音が聞こえる
17 波の上を ぬって進み行き
18 岩の間を 廻って進み行く
19 稲日都麻(場所不明)の 浦を廻って過ぎて
20 鳥のように 水にもまれて行くと
21 家の島(新居浜沖合の島)が 荒磯の上に
22 横にゆらめくように こんもりと生い茂る
23 海藻(なのりそ、ホンダワラ)が どうして恋人に はっきり言わずに来てしまったのだろう
作者:
丹比真人笠麻呂(たぢひのかさまろ)が筑紫(福岡県)に下るときに作った歌
第4巻575
草香江の 入江にあさる 葦鶴の あなたづたづし 友なしにして
くさかえの いりえにあさる あしたづの あなたづたづし ともなしにして
意味:
草香江(福岡市中央区)の 入江で餌を取る 葦の中の鶴のように ああ心もとない 友がないのは
作者:
大宰府の長官だった大納言大伴旅人(おおとも の たびと)が京に上った後に、沙弥満誓(さみまんぜい)が送った歌に答えた歌
この短歌で「あさる」とは「漁る」のことで餌を探し求めることを言います。なんとなく騒騒しい動作を想像しますが、鳥が餌をあさる動作は、非常に真剣なものです。次はアオサギが静止状態で餌を狙っている状態と餌を取った後の写真です。
第4巻592
闇の夜に 鳴くなる鶴の 外のみに 聞きつつかあらむ 逢ふとはなしに
やみのよに なくなるたづの よそのみに ききつつかあらむ あふとはなしに
意味:
闇夜に 鳴く鶴のように 外でのみ お噂を聞くことになるのでしょうか 逢うこともなく
作者:
笠 郎女(かさのいらつめ)が大伴宿禰家持に送った24首の内の1首、笠 郎女と家持の恋は最後は家持が去ってしまった
ようです。
第4巻760
うち渡す 竹田の原に 鳴く鶴の 間なく時なし 我が恋ふらくは
うちわたす たけたのはらに なくたづの まなくときなし あがこふらくは
意味:
づっと見渡す 竹田の原(橿原市の耳成山東北、中つ道の西にある地)で 鳴く鶴の声に 絶え間がないように私はお前を案じているよ
作者:
大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ、額田王以後最大の女性歌人)が竹田の庄より、大伴坂上郎女が宿奈麻呂との長女の大嬢(おおいらずめ)に送った歌
第6巻919
若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る
わかのうらに しほみちくれば かたをなみ あしへをさして たづなきわたる
意味:
若の浦に 潮が満ちて来れば 遠浅の海岸に高い波(男波)が押し寄せて 葦辺の方向に 鶴が鳴きながら渡って行く
作者:
山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひこ)が作った和歌山の海の自然の美しさを歌った長歌の反歌。赤人は、柿本人麿呂と並んで、自然を歌った歌に優れている。
第6巻961
湯の原に 鳴く葦鶴は 我がごとく 妹に恋ふれや 時わかず鳴く
ゆのはらに なくあしたづは あがごとく いもにこふれや ときわかずなく
意味:
次田の温泉の 葦の中で鳴く鶴は 私のように 妻を恋いて 時を選ばすに鳴いている
作者:
大宰府の長官 大伴卿(おほとものまへつきみ、大伴旅人)が次田(すきた)の温泉(二日市温泉、大宰府市)に宿り鶴の声を聞いて作った。
第6巻1000
子らしあらば ふたり聞かむを 沖つ洲に 鳴くなる鶴の 暁の声
こらしあらば ふたりきかむを おきつすに なくなるたづの あかときのこゑ
意味:
子供たちがいたら 二人の子供たちと聞いたものを 沖の洲(島)に 鳴く鶴の 暁の声
作者:
守部王(もりべのおおきみ、舎人親王(天武天皇の子)の子)が作る歌
第6巻1030
妹に恋ひ 吾の松原 見わたせば 潮干の潟に 鶴鳴き渡る
いもにこひ あがのまつばら みわたせば しほひのかたに たづなきわたる
意味:
妻が恋しく 吾の松原(伊勢国三重郡、現在の四日市周辺の松原)を 見渡せば 干潮で現れる潟に 鶴が鳴きながら渡って行く
作者:
聖武天皇(しょうむてんのう)が吾の松原に行幸した際に歌った歌
第6巻1062
1 やすみしし 我が大君の やすみしし わがおおきみの
2 あり通ふ 難波の宮は ありがよふ なにはのみやは
3 鯨魚取り 海片付きて いさなとり うみかたづきて
4 玉拾ふ 浜辺を近み たまひりふ はまへをきよみ
5 朝羽振る 波の音騒く あさはふる なみのおとさわく
6 夕なぎに 楫の音聞こゆ ゆふなぎに かぢのおときこゆ
7 暁の 寝覚に聞けば あかときの ねざめにきけば
8 海石の 潮干の共 いくりの しほひのむた
9 浦洲には 千鳥妻呼び うらすには ちどりつまよび
10 葦辺には 鶴が音響む あしへには たづがねとよむ
11 見る人の 語りにすれば みるひとの かたりにすれば
12 聞く人の 見まく欲りする きくひとの みまくほりする
13 御食向ふ 味経の宮は 見れど飽かぬかも みけむかふ あぢふのみやは みれどあかぬかも
意味:
1 国の隅々までお治めになっている 天皇の
2 通いつづける 難波の宮は
3 クジラを捕る 海に面して
4 美しい石や貝を拾う 浜辺が近いので
5 風波が鳥の翼の羽ばたくように玉藻に寄せて 波の音が騒ぎ
6 夕なぎには 舟の楫(かい)の音が聞こえる
7 暁の 寝ざめに聞けば
8 海中の岩が 引き潮とともに現れる
9 入り江にある州には 千鳥が妻を呼び
10 葦辺には 鶴の鳴き声が響く
11 見る人が 話にすれば
12 聞く人は 見たくなる
13 天皇が食事に向かう 味経の宮(2行目の難波の宮と同じ)は いくら見ても飽きることがない
作者:
田辺福麻呂(たなべの さきまろ)の歌集の歌で宮廷儀礼歌
第6巻1064
潮干れば 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は 宮もとどろに
しほふれば あしへにさわく しらたづの つまよぶこゑは みやもとどろに
意味:
干潮になり 葦辺に騒ぐ 白鶴の 妻呼ぶ声が 宮にもとどろく
作者:
田辺福麻呂(たなべの さきまろ)、1062の長歌に対する二つ反歌の内の2番目
この歌中の白鶴(しらたづ)とは、ソデグロツルのことらしい。ソデグロツルは、羽の先が黒いが飛んでいないときは、黒い部分が隠れて全体が白く見える。日本には、冬季に迷鳥としてまれに渡来して越冬するという。
第7巻1160
難波潟 潮干に立ちて 見わたせば 淡路の島に 鶴渡る見ゆ
なにはがた しほひにたちて みわたせば あはぢのしまに たづわたるみゆ
意味:
難波の潟で 干潮に立って 見渡すと 淡路の島に 鶴が渡るのが見える
作者:
万葉集の第7巻は、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。この歌は「摂津にして作る」という21首の最後の歌で、最も遠い場所の淡路を歌っています。
第7巻1164
潮干れば ともに潟に出で 鳴く鶴の 声遠ざかる 磯廻すらしも
しほふれば ともにかたにいで なくたづの こゑとほざかる いそみすらしも
意味:
引き潮になり たくさん潟に出て 鳴いていた鶴の 声が遠ざかる 磯に沿って廻っているらしい
作者:
万葉集の第7巻には、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。この歌は「旅(羇旅、きりょ)にして作る」という50首の中の歌です。ここで羇旅に含まれるのは、吉野、山背、摂津以外の旅です。
第7巻1165
夕なぎに あさりする鶴 潮満てば 沖波高み 己妻呼ばふ
ゆふなぎに あさりするたづ しほみてば おきなみたかみ おのづまよばふ
意味:
夕なぎに 餌を取っている鶴 潮が満ちて 沖から高波が押し寄せてくると 自分の妻を呼ぶ
作者:
万葉集の第7巻には、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。この歌は前の歌と同様に「旅(羇旅、きりょ)にして作る」という50首の中の歌です。ここで羇旅に含まれるのは、吉野、山背、摂津以外の旅です。
第7巻1175
足柄の 箱根飛び越え 行く鶴の 羨しき見れば 大和し思ほゆ
あしがらの はこねとびこえ ゆくたづの ともしきみれば やまとしおもほゆ
意味:
足柄の 箱根を飛び越え 西へ行く鶴の 羨ましい姿を見れば 大和を思い出す
作者:
万葉集の第7巻には、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。この歌は前の歌と同様に「旅(羇旅、きりょ)にして作る」という50首の中の歌です。ここで羇旅に含まれるのは、吉野、山背、摂津以外の旅です。
第7巻1198
あさりすと 礒に棲む鶴 明けされば 浜風寒み 己妻呼ぶも
あさりすと いそにすむたづ あけされば はまかぜさむみ おのづまよぶも
意味:
餌をあさろうと 磯に棲む鶴 夜が明ければ 浜風が寒いので 自分の妻をよぶ
作者:
不詳。万葉集の第7巻には、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。
第7巻1199
藻刈り舟 沖漕ぎ来らし 妹が島 形見の浦に 鶴翔る見ゆ
もかりふね おきこぎくらし いもがしま かたみのうらに たづかけるみゆ
意味:
海藻を刈る小舟が 沖から漕いで来るらしい 妹ケ島の 形見の浦に 鶴が高く飛ぶのが見える
作者:
不詳。万葉集の第7巻には、作者や作歌事情を記載しないものがほとんどです。
第8巻1453
1 玉たすき 懸けぬ時なく たまたすき かけぬときなく
2 息の緒に 我が思ふ君は いきのをに あがおもふきみは
3 うつせみの 世の人なれば うつせみの よのひとなれば
4 大君の 命畏み おほきみの みことかしこみ
5 夕されば 鶴が妻呼ぶ ゆふされば たづがつまよぶ
6 難波潟 御津の崎より なにはがた みつのさきより
7 大船に 真楫しじ貫き おほぶねに まかぢしじぬき
8 白波の 高き荒海を しらなみの たかきあるみを
9 島伝ひい 別れ行かば しまづたひ いわかれゆかば
10 留まれる 我れは幣引き とどまれる われはぬさひき
11 斎ひつつ 君をば待たむ 早帰りませ いはひつつ きみをばまたむ はやかへりませ
意味:
1 玉のように美しいたすきを 心に懸けない時はなく
2 命のかぎり 私が思う君は
3 はかない この世の人であるから
4 天皇の詔(みことのり)に従います
5 夕方になると 鶴が妻を呼んで鳴く(次の難波潟にかかる)
6 難波潟(かつての淀川河口に広がっていた浅瀬)の 御津の崎より
7 大船に 左右そろった櫂(かい)をたくさん取り付けて
8 白波の 高い荒海を
9 島伝いに 別れて行ったならば
10 こちらに残る 私は幣(ぬさ、神社などでお祓いをする道具)を振って
11 海路の安全を祈って 君を待っています 早くお帰りなさい
作者:
笠朝臣金村(かさのあそみかねむら)が天平5年癸酉春閏三月に出航した入唐使(遣唐使)に送ったもの
第8巻1545
織女の 袖継ぐ宵の 暁は 川瀬の鶴は 鳴かずともよし
たなばたの そでつぐよひの あかときは かはせのたづは なかずともよし
意味:
織姫と彦星が 袖を繋いで寝る夜の 明け方には 川の瀬の鶴は 鳴かなくともよい
作者:
志貴皇子(しきのみこ)の子の湯原王(ゆはらおう/ゆはらのおおきみ)が七夕に関係する歌を歌ったもの。万葉集には、七夕を歌った歌が多数あるが、句会などのタイトルとして同席の人が歌ったものかと思われる。
第9巻1791
旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 我が子羽ぐくめ 天の鶴群
たびひとの やどりせむのに しもふらば あがこはぐくめ あめのたづむら
意味:
これから唐に旅する私の子が 宿る野原に 霜が降ったら 私の子を 羽でくるんで温めてくれ 空の鶴たちよ
作者:
天平5年に遣唐使の船が難波を立って海に入るときに遣唐使として出発する子のために、その子の母親が歌った歌です。この歌の前には、無事の帰国を祈る母が歌った長歌があり、この短歌は反歌になっています。
第10巻2138
鶴がねの 今朝鳴くなへに 雁がねは いづくさしてか 雲隠るらむ
たづがねの けさなくなへに かりがねは いづくさしてか くもがくるらむ
意味:鶴の声が 今朝鳴いた丁度そのときに ガンの声が どこか目指して飛び 雲の中に隠れる
作者: 作者は不明ですが、雁を歌むという部分で13首の中の1首です。
第10巻2249
鶴が音の 聞こゆる田居に 廬りして 我れ旅なりと 妹に告げこそ
たづがねの きこゆるたゐに いほりして われたびなりと いもにつげこそ
意味:
鶴の声が 聞こえるたんぼに 小屋を作って農作業をしている 私は旅に出ていると 妻に伝えよ
作者:
律令の官人が、農繁期には自分の田圃に帰って仮小屋で孤独に農作業をすることがあったという。「水田に寄する」という分類の中の歌で、作者は不明です。
第10巻2269
今夜の 暁ぐたち 鳴く鶴の 思ひは過ぎず 恋こそまされ
こよひの あかときぐたち なくたづの おもひはすぎず こひこそまされ
意味:
今夜の 夜が更けて明け方に近いころに 鳴く鶴の 妻への思いは消えない 恋が勝っている
作者:この歌の作者は不明ですが、「鶴に寄する」というタイトルが付けられています。
第11巻2490
天雲に 翼打ちつけて 飛ぶ鶴の たづたづしかも 君しまさねば
あまくもに はねうちつけて とぶたづの たづたづしかも きみしまさねば
意味:
天の雲に 羽を打ち付けて 飛ぶ鶴のように 不安です あなたがいらっしゃいませんので
作者:
この歌は、柿本朝臣人麻呂(かきのもとあそんひとまろ)の歌集に出てくる歌で万葉集では「或本の歌に曰(い)はく」というタイトルが付けられて部分に記載されています。
第11巻2768
鶴の 騒く入江の 白菅の 知らせむためと 言痛かるかも
あしたづの さわくいりえの しらすげの しらせむためと こちたかるかも
意味:
葦の中で鶴が 騒ぐ、入り江の シラスゲ(植物、雑草)で 知らせるために 騒いでいるのだろう
作者:
作者は不明です。この歌は「寄物陳思」という分類の中に記載されている。寄物陳思とは、「物に託して思いを表現る」に分類されている歌という意味です。この歌で上3句は、4句目の「知らせるために」を起こすためのもので、「シラスゲ」と「知らせむ」の同音のリズムを使っている。鶴の騒ぎに託した思いは、作者のどんな思いだったでしょうか。
第11巻2805
伊勢の海ゆ 鳴き来る鶴の 音どろも 君が聞こさば 我れ恋ひめやも
いせのうみゆ なきくるたづの おとどろも きみがきこさば あれこひめやも
意味:
伊勢の海から 鳴きながら来る鶴のように 大きく悪い音に あなたの声が聞こえたら 私はあなたを恋するでしょうか。
作者:
この歌は「寄物陳思」という分類の中に記載されている。寄物陳思とは、「物に託して思いを表現する」に分類されている歌という意味です。また、作者は不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われます。また、「音どろ」の意味は不明です。
第14巻3522
昨夜こそば 子ろとさ寝しか 雲の上ゆ 鳴き行く鶴の 間遠く思ほゆ
きぞこそば ころとさねしか くものうへゆ なきゆくたづの まとほくおもほゆ
意味:
昨夜こそは あの娘と寝たのだが 雲の上を 鳴きながら行く鶴のようで 身近に感じなかったよ
作者:
第14巻の総タイトル「東歌」になっているので、東国の歌が記載されている。作者については不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われる。
第14巻3523
坂越えて 安倍の田の面に 居る鶴の ともしき君は 明日さへもがも
さかこえて あへのたのもに ゐるたづの ともしききみは あすさへもがも
意味:
坂を越えて 安倍の田の面に いる鶴のように 心引かれる君に 明日も寄り添っていたい
作者:
第14巻の総タイトルは「東歌」で、東国の歌が記載されている。作者は不詳で、「或る本の歌に曰く」と記載されているので、別の本から写したものと思われる。
第14巻3595
朝開き 漕ぎ出て来れば 武庫の浦の 潮干の潟に 鶴が声すも
あさびらき こぎでてくれば むこのうらの しほひのかたに たづがこゑすも
意味:
朝の船出 漕ぎ出して来れば 武庫の浦(兵庫県武庫川町)の 干潮の潟に 鶴の声がする
作者:
第14巻の最初の24首は、海路を新羅に遣わさるために舟に乗った使人の歌が続く。兵庫県武庫川町は、難波津を出発した使人たちの最初の宿泊地らしい。船から降りて陸地に宿泊する。この歌は翌日の出発時の歌でしょう。作者は不詳。
第14巻3598
ぬばたまの 夜は明けぬらし 玉の浦に あさりする鶴 鳴き渡るなり
ぬばたまの よはあけぬらし たまのうらに あさりするたづ なきわたるなり
意味:
ぬばたまの実のように黒い 夜は明けるらしい 玉の浦(岡山県倉敷市玉島あたりか)で 餌をあさっていた鶴が鳴きながら飛び渡って行く
作者:
第14巻の最初の24首は、海路を新羅に遣わさるために舟に乗った使人の歌が続く。この歌は倉敷のあたりで朝早く船で出発してから夜が明けて鶴が飛んで行くのが見えたということでしょう。作者不詳。3595の歌と類似の情景です。
第15巻3626
鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る あなたづたづし ひとりさ寝れば
たづがなき あしへをさして とびわたる あなたづたづし ひとりさぬれば
意味:
鶴が鳴き 葦辺をさして 飛び渡る ああ心細くて不安である 一人で寝ていると
作者:
丹比大夫(たぢひのまえつきみ)が亡き妻を悲しんで歌った歌である。この歌は反歌でこの前には妻を偲んで歌った長歌がある。
第15巻3627
1 朝されば 妹が手にまく あさされば いもがてにまく
2 鏡なす 御津の浜びに かがみなす みつのはまびに
3 大船に 真楫しじ貫き おほぶねに まかぢしじぬき
4 韓国に 渡り行かむと からくにに わたりゆかむと
5 直向ふ 敏馬をさして ただむかふ みぬめをさして
6 潮待ちて 水脈引き行けば しほまちて みをひきゆけば
7 沖辺には 白波高み おきへには しらなみたかみ
8 浦廻より 漕ぎて渡れば うらみより こぎてわたれば
9 我妹子に 淡路の島は わぎもこに あはぢのしま
10 夕されば 雲居隠りぬ ゆふされば くもゐかくりぬ
11 さ夜更けて ゆくへを知らに さよふけて ゆくえをしらに
12 我が心 明石の浦に あがこころ あかしのうらに
13 船泊めて 浮寝をしつつ ふねとめて うきねをしつつ
14 わたつみの 沖辺を見れば わたつみの おきへをみれば
15 漁りする 海人の娘子は いざりする あまのをとめは
16 小舟乗り つららに浮けり をぶねのり つららにうけり
17 暁の 潮満ち来れば あかときの しほみちくれば
18 葦辺には 鶴鳴き渡る あしべには たづなきわたる
19 朝なぎに 船出をせむと あさなぎに ふなでをせむと
20 船人も 水手も声呼び ふなびとも かこもこゑよび
21 にほ鳥の なづさひ行けば にほどりの なづさひゆけば
22 家島は 雲居に見えぬ いへしまは くもゐにみえぬ
23 我が思へる 心なぐやと あがもへる こころなぐやと
24 早く来て 見むと思ひて はやくきて みむとおもひて
25 大船を 漕ぎ我が行けば おほぶねを こぎわがゆけば
26 沖つ波 高く立ち来ぬ おきつなみ たかくたちきぬ
27 外のみに 見つつ過ぎ行き よそのみに みつつすぎゆき
28 玉の浦に 船を留めて たまのうらに ふねをとどめて
29 浜びより 浦礒を見つつ はまびより うらいそをみつつ
30 泣く子なす 音のみし泣かゆ なくこなす ねのみしなかゆ
31 わたつみの 手巻の玉を わたつみの たまきのたまを
32 家づとに 妹に遣らむと いへづとに いもにやらむと
33 拾ひ取り 袖には入れて ひりひとり そでにはいれて
34 帰し遣る 使なければ かへしやる つかひなければ
35 持てれども 験をなみと また置きつるかも もてれども しるしをなみと またおきつるかも
意味:
1 朝が来れば 妻が手にもつ
2 鏡の面ような 御津の浜辺で
3 大きな船に 左右そろった櫂(かい)をたくさん取り付けて
4 韓国に 渡り行こうと
5 御津から真向いの 敏馬を目指して
6 航海に都合の良い潮の流れを待って 海流にそって行くと
7 沖合は 白波が高く
8 岸辺伝いに 漕いで渡って行くと
9 そこで出逢った 淡路の島は
10 夕方になると 雲がかかって視界が悪く
11 夜が更けると 進んで行く先も分からなくなる
12 我が心 明石の浦に
13 船を止めて 船の上で浮寝をしながら
14 海神の 沖のあたりを見れば
15 魚介類を取る 海女の娘は
16 小舟に乗って ずらり並んで浮いている
17 明け方の 潮が満ちてくれば
18 葦辺には 鶴が鳴き渡る
19 朝なぎに 船出をしようと
20 船人も 船頭も大声を出して
21 カイツブリのように 水に浮いてただよって行くと
22 家島(姫路沖の家島群島)は 雲の彼方に見えてきた
23 私の思いも 心慰められようと
24 早く来て 見ようと思って
25 大船を 漕いで私が行けば
26 沖の波が 高く立ってこちらに来たので
27 家島の外のみ 見ながら過ぎて行き
28 玉の浦(家島のか)に 船を止めて
29 浜辺より 入り江の磯を見ながら
30 泣く子供のように 声を上げて泣いてしまう
31 海神の 手に巻き付ける飾りの玉を
32 お土産に 妻に渡すために
33 拾って 袖に入れたが
34 家に送り返すにも 使者がいないので
35 持っていても しかたがないと また、置いてしまった
作者:
この歌も作者不詳であるが、「物に付きて思いを起こす歌」というタイトルが書かれている。歌の状況や言葉は、509や1453と類似している。
この歌には、21行目にほ鳥というもう一つの鳥が出てきます。忍川にもこの鳥はいて、現在はカイツブリと呼ばれます。人間が近づくと慌てて水に潜ってしまい暫く出てきません。近くに人間がいない場合は、水に浮いていて鴨の仲間のように見えますが、万葉集でも別の鳥に分類されています。
第15巻3642
沖辺より 潮満ち来らし 可良の浦に あさりする鶴 鳴きて騒きぬ
おきへより しほみちくらし からのうらに あさりするたづ なきてさわきぬ
意味:
沖の方より 潮が満ちて来るらしい なぜなら、可良の浦(山口県熊毛郡上関町の近くの海岸)に 餌を取り漁る鶴が 鳴いて騒ぐので分かる
作者:
作者は不詳ですが、「熊毛の浦に船泊する夜に作る歌」というタイトルが付けられています。第15巻には天平8年(736年)6月に新羅に遣わされた使人たちの歌が145首ありますが、その中の1首です。
第15巻3654
可之布江に 鶴鳴き渡る 志賀の浦に 沖つ白波 立ちし来らしも
かしふえに たづなきわたる しかのうらに おきつしらなみ たちしくらしも
意味:
可之布江(福岡市香椎の入江か)に 鶴が鳴きながら渡って行く 志賀(福岡市の志賀の島)の浦に 沖の白波が 立って来るらしい
作者:
築紫の館(博多湾沿岸にあった館、外国使節・官人の接待や宿泊に用いた)に至りて本郷を望み悲しみて作る歌4首という中に書かれているが、作者は不詳
第17巻4018
港風 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交し 鶴多に鳴く(別の読み方では 鶴騒くなり)
みなとかぜ さむくふくらし なごのえに つまよびかはし たづさはになく(たづさわくなり)
意味:
河口に吹く風は 寒いらしい 奈呉の江(高岡市から新湊市にかけての海岸)に 妻を呼び交わして 鶴がたくさん鳴いている
作者:
この歌は、天平20年の春の正月29日に、大伴宿禰家持が作った歌です。
第18巻4034
奈呉の海に 潮の早干ば あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる
なごのうみに しほのはやひば あさりしに いでむとたづは いまぞなくなる
意味:
奈呉の江(高岡市から新湊市の海岸)は 潮の引くのが早いので 餌を取りに 出かけようと 今鶴が鳴く
作者:
田辺史福麻呂(たなべのふひとさきまろ)奈良時代の万葉歌人、748年(天平20年)橘諸兄の使者として越中守・大伴家持のもとを訪れている。このとき、大伴宿禰家持が館にて接待したときに古い歌を歌い新しい歌を作ったときの歌です。
第18巻4116
1 大君の 任きのまにまに おほきみの まきのまにまに
2 取り持ちて 仕ふる国の とりもちて つかふるくにの
3 年の内の 事かたね持ち としのうちの ことかたねもち
4 玉桙の 道に出で立ち たまほこの みちにいでたち
5 岩根踏み 山越え野行き いはねふみ やまこえのゆき
6 都辺に 参ゐし我が背を みやこへに まゐしわがせを
7 あらたまの 年行き返り あらたまの としゆきがへり
8 月重ね 見ぬ日さまねみ つきかさね みぬひさまねみ
9 恋ふるそら 安くしあらねば こふるそら やすくしあらねば
10 霍公鳥 来鳴く五月の ほととぎす きなくさつきの
11 あやめぐさ 蓬かづらき あやめぐさ よもぎかづらき
12 酒みづき 遊びなぐれど さかみづき あそびなぐれど
13 射水川 雪消溢りて いみづかは ゆきげはふりて
14 行く水の いや増しにのみ ゆくみづの いやましにのみ
15 鶴が鳴く 奈呉江の菅の たづがなく なごえのすげの
16 ねもころに 思ひ結ぼれ ねもころに おもひむすぼれ
17 嘆きつつ 我が待つ君が なげきつつ あがまつきみが
18 事終り 帰り罷りて ことをはり かへりまかりて
19 夏の野の さ百合の花の なつののの さゆりのはなの
20 花笑みに にふぶに笑みて はなゑみに にふぶにゑみて
21 逢はしたる 今日を始めて あはしたる けふをはじめて
22 鏡なす かくし常見む 面変りせず かがみなす かくしつねみむ おもがはりせず
意味:
1 天皇陛下の 与えた仕事の通りに
2 取り仕切って お仕えする国の
3 年内の 政務報告書を持って
4 素晴らしい 道に旅に立つ
5 岩や根を踏み 山を越え野を行き
6 都に 参上した主人を
7 新しく素晴らしい 年が変わり
8 月が重なり 逢えない日が長くなるので
9 恋しく悲しく 心が穏やかでない
10 ホトトギスが 来て鳴く五月の
11 アヤメ草 ヨモギを髪飾りにして
12 酒を飲んで 気を静めようと遊んだけれども
13 射水川(今の小矢部川、富山県西部)は 雪溶水があふれ
14 流れて行く水が(あなたへの恋しさを意味している) いよいよ増すばかりだ
15 鶴が鳴く 奈呉江(富山県新湊市の西部海浜)のスゲ(雑草、カヤツリグサ科)の
16 完全に 思いが塞(ふさ)がれ
17 嘆きながら 私が待っているあなたが
18 仕事が終わって 都から帰って
19 夏の野の 百合の花が咲くように
20 花が咲くような笑みで にこにこと笑顔作り
21 逢ってくださる 今日から
22 鏡を見るように このまま常に逢っていたい 年をとって顔が変わることもなく
作者:
稼久米朝巨広繻(じょうくめのあそみひろつな)が天平20年(748年、聖武天皇の時代)に、律令制のルールで任地の前年の8月1日より1年間の業務評価に必要な資料などの行政文書の提出や行政報告のために中央に派遣された使者と一緒に京に入った。報告が終わって、天平感宝元年の閏5月27日(この年は5月が2回あった)に元の任地に帰る。そこで長官の館に詩酒の宴を設けて楽しく飲んだ。そのときに主人守大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)が作った歌。
第20巻4398
1 大君の 命畏み おほきみの みことかしこみ
2 妻別れ 悲しくはあれど つまわかれ かなしくはあれど
3 大夫の 心振り起し ますらをの こころふりおこし
4 取り装ひ 門出をすれば とりよそひ かどでをすれば
5 たらちねの 母掻き撫で たらちねの ははかきなで
6 若草の 妻は取り付き わかくさの つまはとりつき
7 平らけく 我れは斎はむ たひらけく われはいははむ
8 ま幸くて 早帰り来と まさきくて はやかへりこと
9 真袖もち 涙を拭ひ まそでもち なみだをのごひ
10 むせひつつ 言問ひすれば むせひつつ ことどひすれば
11 群鳥の 出で立ちかてに むらとりの いでたちかてに
12 とどこほり かへり見しつつ とどこほり かへりみしつつ
13 いや遠に 国を来離れ いやとほに くにをきはなれ
14 いや高に 山を越え過ぎ いやたかに やまをこえすぎ
15 葦が散る 難波に来居て あしがちる なにはにきゐて
16 夕潮に 船を浮けすゑ ゆふしほに ふねをうけすゑ
17 朝なぎに 舳向け漕がむと あさなぎに へむけこがむと
18 さもらふと 我が居る時に さもらふと わがをるときに
19 春霞 島廻に立ちて はるかすみ しまみにたちて
20 鶴が音の 悲しく鳴けば たづがねの かなしくなけば
21 はろはろに 家を思ひ出 はろはろに いへをおもひで
22 負ひ征矢の そよと鳴るまで 嘆きつるかも おひそやの そよとなるまで なげきつるかも
意味:
1 天皇陛下の 命令に従い
2 妻と別れたことは 悲しかったけれども
3 りっぱな男子の 心を振り起し
4 身支度をして 門出をすれば
5 年老いた 母は頭をかきなでる
6 心寄せる 妻は取り付いて
7 心穏やかに わたくしは祈りを捧げる
8 無事に 早く帰って来なさいと
9 両袖をもって 涙をはらい
10 むせびながら 語り合えば
11 朝ねぐらを飛び立つ鳥のように 門を出たとしても
12 止まってしまい 振り返って見ながら
13 いやはや遠く 国を離れて
14 いやはや高く 山を越えて過ぎて
15 葦の多い 難波に来て住み
16 夕潮に 船を浮かべて止めて
17 朝なぎに 船首を向けて船を漕ごうと
18 待ちうかがって いるときに
19 春の霞が 島の廻りに立って
20 鶴の声が 悲しく鳴けば
21 はるばると遠くの 故郷の家を思い出して
22 背負った鋭い矢が 風の音を出す程に 嘆いてしまう
作者:
兵部少輔(ひょうぶしょうゆう、軍政(国防)を司る行政機関)の大伴家持(おおとものやかもち)が防人の気持ちになって思いを述べて作った歌、防人になったということは、生きて帰れない可能性が高い。
第20巻4399
海原に 霞たなびき 鶴が音の 悲しき宵は 国辺し思ほゆ
うなはらに かすみたなびき たづがねの かなしきよひは くにへしおもほゆ
意味:
海原に 霞がたなびき 鶴の声が 悲しい宵は 故郷を思い出す
作者:
兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)の大伴家持(おおとものやかもち)が前の4398の歌の反歌として作った歌です。よって、この歌は4398の長歌の要約をしたものです。長歌に添付される反歌は、長歌の要約、補足するものが多い。
第20巻4400
家思ふと 寐を寝ず居れば 鶴が鳴く 葦辺も見えず 春の霞に
いへおもふと いをねずをれば たづがなく あしへもみえず はるのかすみに
意味:
家を思って 寐ても寝られないでいると 鶴が鳴く 葦辺は見えない 春の霞のために
作者:
この歌も兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)の大伴家持(おおとものやかもち)が前の4398の歌の反歌として作った歌です。よってこの歌は4398の長歌の要約をしたものです。長歌に添付される反歌は、長歌の要約、補足するものが多い。