現在の野鳥図鑑には、雁(カリ)、雁(ガン)の記載はない。雁(カリ)、雁(ガン)はカモ目カモ科の水鳥で、マガン、ヒシクイ、カリガネが相当しているという。万葉集では、雁(カリ)または雁が音(カリガネ)と呼ばれており、マガン(65-86cm)、ヒシクイ(78-100cm)、カリガネ(53-66cm)と明確に分類されている訳ではない。雁が音(カリガネ)は雁の鳴き声だったり、雁を表していたりして、明確ではない。

 

日本には、雁は10月下旬から11月上旬に北方から飛来して3月中旬から4月上旬までいる。このために雁が飛んでくると萩が散ったり、紅葉するという歌が多い。また、春にツバメが飛んでくるころになると、雁が故郷にむかって飛び去るというような季節を感じる歌も多い。

 

万葉集では、雁の歌は、66首あり、これは、不如帰の歌に次いで2番目に多い数である。かつては多数生息していた鳥であるが、現在は、一部の限られた地方にしか生息せず、捕獲が禁止されている。

 

万葉集で、雁の歌が多数現れる理由は、歌会の題目として多数取り上げられていたことが関係していると思う。そのために雁の歌は、万葉集の中に偏在しており、雁の歌が歌われる部分では、多数の雁の歌が現れます。この多数の作者不明の歌は、風景をそのまま読んだ分かり易い歌が多いが、大伴家持や柿本人麻呂の歌では、少し難しい歌が多い。その他の名前のある人の歌では歴史を感じさせるものがある。

第2巻182

鳥座立て 飼ひし雁の子 巣立ちなば 真弓の岡に 飛び帰り来ね

とぐらたて かひしかりのこ すだちなば まゆみのをかに とびかへりこね
意味: 
鳥小屋を作って 飼っている雁の子 巣立ちしたなら 真弓が生えている岡に 飛んで帰りなさい
作者:
草壁皇子の舎人、この歌のタイトルは「皇子の尊(みこと)の宮の舎人等、悲しびて作る歌23首」となっている。この歌以外にも22首があり、草壁皇子がなくなった時に、彼の部下達が悲しんで作って歌です。

草壁皇子は、天武天皇の正妻の鸕野讃良皇后の子であった。鸕野讃良皇后としては、草壁を天皇にしたいと思ったが、その若さと、草壁皇子の競争相手となるやはり、天武天皇の妻で、鸕野讃良皇后の姉ですでに亡くなっている大田皇女の息子である大津皇子を暗殺した直後であるために、内部的反感を考慮してか草壁皇子を天皇にしないで、鸕野讃良皇后自身が持統天皇として即位した。しかし、皮肉なことに草壁皇子は、その後も天皇になることなく、持統天皇3年(689年)には薨去した。このときの草壁皇子の死を悲しむ歌がこの23首の歌である。
真弓は、樹木の名前で、幹が弓の材料になった。樹皮からは、紙が作られた。

 

第6巻948

この歌は12.1章、17.2章、21.1章で取り上げられていますが、同じ内容を載せておきます。

1   ま葛延ふ 春日の山は          
まくずはふ かすがのやまは
2   うち靡く 春さりゆくと         
うちなびく はるさりゆくと
3   山の上に 霞たなびく          
やまのへに かすみたなびく
4   高円に 鴬鳴きぬ            
たかまとに うぐひすなきぬ
5   もののふの 八十伴の男は        
もののふの やそとものをは
6   雁が音の 来継ぐこの頃         
かりがねの きつぐこのころ
7   かく継ぎて 常にありせば        
かくつぎて つねにありせば
8   友並めて 遊ばむものを         
ともなめて あそばむものを
9   馬並めて 行かまし里を         
うまなめて ゆかましさとを
10  待ちかてに 我がせし春を        
まちかてに わがせしはるを
11  かけまくも あやに畏し         
かけまくも あやにかしこし
12  言はまくも ゆゆしくあらむと      
いはまくも ゆゆしくあらむと
13  あらかじめ かねて知りせば       
あらかじめ かねてしりせば
14  千鳥鳴く その佐保川に         
チドリなく そのさほがはに
15  岩に生ふる 菅の根採りて        
いはにおふる すがのねとりて
16  偲ふ草 祓へてましを          
しのふくさ はらへてましを
17  行く水に みそぎてましを        
ゆくみづに みそぎてましを
18  大君の 命畏み             
おほきみの みことかしこみ
19  ももしきの 大宮人の          
ももしきの おほみやひとの
20  玉桙の 道にも出でず 恋ふるこの頃   
たまほこの みちにもいでず こふるこのころ

意味:
1   美しい葛が張り渡る 春日山は
2   草がうちなびく 春が去りゆくと
3   山の上に 霞がたなびき
4   高いところの窓で ウグイスが鳴く
5   朝廷に仕える 多くの役人は
6   北へ帰る雁の 次々と通うこのごろ
7   このような日が続いて これといった変化がなかったから
8   友と並んで 遊んだものを
9   馬を並べて 行った里を
10  待つことができない 私の春を
11  心にかけて思うことも 恐れ多いことです
12  口に出して言うのも 恐れ多いことです
13  事の起こる前から 前もって知っていれば
14  千鳥が鳴く その佐保川(春日山を源流として初瀬川から大和川に流れる)に
15  岩の上に生える 菅(すげ、田の神の宿る神聖な植物)の根を採って
16  思い思いの草を お祓いをしておけばよかったのに
17  流れ行く水で 体を洗い清め
18  天皇の 仰せを敬って慎み
19  宮中の 宮廷人が
20  玉鉾の 道にも出ないで 天皇を恋ふるこの頃です。

作者: 

この 歌の作者は不明です。727年(神亀四年)の春正月に、諸王・諸臣子等に勅(みことのり)して授刀寮(天皇の身辺を守る舎人の寮)に散禁(出入りを禁じる)せしむるときに作る歌となっています。このままでは意味が良く分かりません。しかし、この歌には、次のような反歌とが付いています。

6巻949

梅柳 過ぐらく惜しみ 佐保の内に 遊びしことを 宮もとどろに

うめやなぎ すぐらくをしみ さほのうちに あそびしことを みやもとどろに

意味:

梅や柳の 盛りが過ぎてしまうことを惜しんで 佐保の内で 遊んだことが こんなに宮中を騒がすことになった
作者:
さらにこの反歌には、次のような説明が付いています。この歌は神亀4年の正月に数人の王子と諸臣の子たちが春日野に集いて打毬の遊びをした。その日たちまちに天が曇り、雨が降り稲光がした。この時に宮中に侍従と侍衛(天皇の警護をする人)とがいなかった。天皇は勅して刑罰を行い、みな授刀寮に解禁させ、道路にでることができないようにした。そのとき、鬱陶しく感じて、この歌を作った。
以上の説明があると歌の意味が良くわかる。ちょっとしたストレス発散のために皆で遊びに出たら、天皇の怒りに触れて授刀寮に閉じ込められてしまった。憂鬱なことよ。と歌っているのである。
玉鉾は、道にかかるまくら言葉であるが、意味は不明とされる。個人的には、出世の道的な理解が良いと考えている。

第6巻954

朝は 海辺にあさりし 夕されば 大和へ越ゆる 雁し羨しも

 

あしたは うみへにあさりし ゆふされば やまとへこゆる かりしともしも

意味:

朝は 海辺で餌をあさって 夕方になると 大和へ越えて行く 雁は羨ましいものだ

作者:

膳王(かしはでのおおきみ、かしわでのおおきみ、膳夫王とも書く)長屋王の子です。長屋王の変のときに、母(長屋王の正妻、吉備(きび、内親王)とともに連座して、自殺した。なお、吉備内親王の姉は、元生天皇(女帝、氷高皇女)です。

 

第7巻1161

家離り 旅にしあれば 秋風の 寒き夕に 雁鳴き渡る

いへざかり たびにしあれば あきかぜの さむきゆふへに かりなきわたる

意味: 家を離れて 旅の途中だ 秋風の 寒い夕方に 雁が鳴きながら渡って行く

作者: この歌の作者は不明です。羈旅(旅)にして作るというタイトルの中の歌です。

 

第7巻1513

今朝の朝明 雁が音聞きつ 春日山 もみちにけらし 我が心痛し

 

けさのあさけ かりがねききつ かすがやま もみちにけらし あがこころいたし

意味:

今日の朝早く 雁の鳴き声を聞いた 春日山は 紅葉が色づいたようだが 私の心は痛い

作者:

穂積皇子(ほずみのみこ)この歌の最後の「私の心は痛い」というのは、「紅葉を見たいという」気持ちと「但馬皇女を見たい」という気持ちがあることの表現です。穂積皇子と但馬皇女の関係は、次の1515の但馬皇女の歌を見てください。

 

第8巻1515

言繁き 里に住まずは 今朝鳴きし 雁にたぐひて 行かましものを[国にあらずは]

 

 

ことしげき さとにすまずは けさなきし かりにたぐひて ゆかましものを (くににあらずは)

意味:

うわさの激しい 里に住まないで 今朝鳴いた 雁と一緒に 行ったらよかったよ[国にいないで]

作者:

但馬皇女(たじまのひめみこ)一説には、子部王(児部女王?)という説もある。但馬皇女には、これと類似の歌が116にある。

 

116

人言を 繁み言痛み おのが世に いまだ渡らぬ 朝川渡る

ひとごとを しげみこちたみ おのがよに いまだわたらぬ あさかはわたる

意味:

世間のうわさの 激しい言葉が痛く これまでの人生で 渡ったことのない 川を今朝は渡りあなたのところへ

 

この歌には、次のような説明がついている。但馬皇女が高市皇子の宮にいるときに、ひそかに穂積皇子に逢いに(事すでに現れて作らす歌となっているので)すでに行ってしまったようです。但馬皇女は天武天皇の皇女で母は氷上娘。穂積皇子も天武天皇の皇子で母は大蕤娘、すなわちこの二人は兄妹であった。また、但馬皇女は高市皇子の妃であったともいわれる。但馬皇女と穂積皇子のこのような関係から、うわさが激しかったのです。

 

第8巻1539

秋の田の 穂田を雁がね 暗けくに 夜のほどろにも 鳴き渡るかも

 

 

あきのたの ほたをかりがね くらけくに よのほどろにも なきわたるかも

意味:

秋の田の 稲の穂が出そろい雁は まだ暗い 夜の闇の白み始める頃 鳴きながら渡って行く

作者:

聖武天皇(しょうむてんのう)タイトルは天皇御製歌二首となっている。二首目は、次の1540である。

 

第8巻1540

今朝の朝明 雁が音寒く 聞きしなへ 野辺の浅茅ぞ 色づきにける


けさのあさけ かりがねさむく ききしなへ のへのあさぢぞ いろづきにける

意味:

今日の朝早く 雁の鳴き声を寒々しく 聞いたちょうどそのとき 野原の丈の低いちがやが 色づいていました

作者:

聖武天皇(しょうむてんのう)1539と類似の情景の歌です。歌会における歌と思われる。

 

第8巻1556

秋田刈る 仮廬もいまだ 壊たねば 雁が音寒し 霜も置きぬがに


あきたかる かりいほもいまだ こほたねば かりがねさむし しももおきぬがに
意味: 
秋の田圃の稲を刈る 仮設の粗末な小屋もいまだ 壊してないので 雁の鳴き声も寒々しく 霜も降りたよ
作者:
忌部首黒麻呂(いんべのくろまろ)奈良時代の中級官僚、万葉集には4首の歌がある。この歌には、稲刈りをするための小屋のことが歌われているが、この時代は、下級官人やその家族たちも自ら仮小屋を作って泊まり込みで稲刈りに行くということがあったらしい。

 

第8巻1562

誰れ聞きつ こゆ鳴き渡る 雁がねの 妻呼ぶ声の 羨しくもあるか

たれききつ こゆなきわたる かりがねの つまよぶこゑの ともしくもあるか
意味;

誰か聞いていたでしょうか 鳴きながら渡って行く 雁の 妻を呼ぶ声は 心惹かれるよ
作者:

巫部麻蘇娘子(かんなぎべの まそのおとめ )この女性の詳細は不明ですが、この人の歌が万葉集の4巻と8巻に2首づつある。この1562の歌に1563で大伴家持が次のように答えている。

 

第8巻1563

聞きつやと 妹が問はせる 雁が音は まことも遠く 雲隠るなり

 

ききつやと いもがとはせる かりがねは まこともとほく くもがくるなり

意味:

聞きましたかと あなたが問うた 雁の声は まことに遠くで 雲に隠れていました

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)巫部麻蘇娘子の神妙な問に対して、家持のつれない返事です。

 

第8巻1566

久方の 雨間も置かず 雲隠り 鳴きぞ行くなる 早稲田雁がね

 

ひさかたの あままもおかず くもがくり なきぞゆくなる わさだかりがね
意味:
天空の 雨の晴れ間もなく 雲に隠れて 鳴き渡って行く 早稲田(早く実る稲が植えてある田)の上の雁
作者:
大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、大伴家持の秋の歌4首というタイトルが付いている。4首の内の2首目は、次の1567で次の歌です。

 

第8巻1567

雲隠り 鳴くなる雁の 行きて居む 秋田の穂立 繁くし思ほゆ

 

くもがくり なくなるかりの ゆきてゐむ あきたのほたち しげくしおもほ

意味:

雲に隠れて 鳴く雁が どこかへ渡って行く 稲穂が立った秋の田だろうか 繰り返しそんな気がするよ

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌には、大伴家持の秋の歌4首というタイトルが付いている。4首の内の2首目です。前の1566が1首目の歌です。

第8巻1574

雲の上に 鳴くなる雁の 遠けども 君に逢はむと た廻り来つ

くものうへ  なくなるかりの とほけども きみにあはむと たもとほりきつ
意味: 
雲の上で 鳴いている雁は 遠いけれど 君に逢おうと 遠路はるばるやって来ました

作者:
この歌の作者は不明ですが、この歌のタイトルは、右大臣橘家にして宴する歌七首となっている。右大臣橘家とは、右大臣橘諸兄のことである。この宴は奈良京から離れた井手の別亭(京都府綴喜郡(つづきぐん、宇治市の南側)で行われた。よって、この句のはるばるやって来たにかかっています。

第8巻1575

雲の上に 鳴きつる雁の 寒きなへ 萩の下葉は もみちぬるかも

くものうへに なきつるかりの さむきなへ はぎのしたばは もみちぬるかも
意味: 
雲の上で 鳴いている雁の声が 寒そうに聞こえるそのとき 萩の下葉は 紅葉したよ

作者:
この歌の作者は不明ですが、この歌のタイトルは、1574と同じで右大臣橘家にして宴する歌七首となっている。

第8巻1578
今朝鳴きて 行きし雁が音 寒みかも この野の浅茅 色づきにける
けさなきて ゆきしかりがね さむみかも このののあさぢ いろづきにける
意味: 
今朝鳴きながら 飛んで行った雁の声 寒いのかな この野原のちがやは 色づいていた

作者:
阿倍虫麻呂(あべのむしまろ)この歌も1574と同じで右大臣橘家にして宴する歌七首となっていて右大臣橘諸兄の宴で歌われた歌です。

第8巻1614

九月の その初雁の 使にも 思ふ心は 聞こえ来ぬかも

ながつきの そのはつかりの つかひにも おもふこころは きこえこぬかも
意味: 
九月になって 北から初めて渡ってくる雁の 使いにも あなたの思う心は 聞こえて来ないかも

作者:
笠女郎(かさのいらつめ)笠郎女が大伴宿禰家持に送る歌一首というタイトルが付いている。大伴宿禰家持はもて男です。

第9巻1699

巨椋の 入江響むなり 射目人の 伏見が田居に 雁渡るらし

おほくらの いりえとよむなり いめひとの ふしみがたゐに かりわたるらし
意味: 
巨椋池の 入江が騒がしい 隠れて鳥を狙っている人の潜む 伏見の田圃に 雁が渡りそうだ

作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)巨椋池については、3.1章の第1巻50で書きましたが、大津から奈良方面に木材を送るときの中継基地になっていた場所です。

第9巻1700

秋風に 山吹の瀬の 鳴るなへに 天雲翔る 雁に逢へるかも

あきかぜに やまぶきのせの なるなへに あまくもかける かりにあへるかも
意味: 
秋風が 山吹のある川の浅瀬で 騒がしくなったそのときに 天の雲が飛んだ 雁に逢えるかも知れません

作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) この歌のタイトルは、前の1609と合わせて宇治川にして作る歌2首となっている。巨椋池の場所は、宇治川の西で宇治川と木津川を繋ぐような位置にあった。この辺は水が豊富で地形も複雑なところであったため野鳥も豊富であったことが推定されます。

第9巻1701

さ夜中と 夜は更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月渡る見ゆ

さよなかと よはふけぬらし かりがねの きこゆるそらゆ つきわたるみゆ
意味: 
真夜中の状態で 夜はふけてしまったらしい 雁の鳴き声の 聞こえる空に 月が渡るのが見えた

作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)歌のタイトルは弓削皇子に献(たてまつ)る歌三首となっている。弓削皇子は万葉集に8首の歌を残している。紀皇女に相聞歌を4首送っているが詳細なことは不明です。

第9巻1702

妹があたり 繁き雁が音 夕霧に 来鳴きて過ぎぬ すべなきまでに

いもがあたり しげきかりがね ゆふぎりに きなきてすぎぬ すべなきまでに
意味: 
恋人の家の辺りに たくさんの雁の鳴き声 夕霧の中を 来て鳴いて過ごす ひたすら待ち遠しい

作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)この歌は1701と同じ弓削皇子に献(たてまつ)る歌三首の2番目です。

第9巻1703

雲隠り 雁鳴く時は 秋山の 黄葉片待つ 時は過ぐれど

くもがくり かりなくときは あきやまの もみちかたまつ ときはすぐれど
意味: 
雲に隠れて 雁が鳴く時は 秋の山の 紅葉が待ち遠しい 雁の時は過ぎても

作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)この歌は1701と同じ弓削皇子に献(たてまつ)る歌三首の3番目です。

第9巻1708

春草を 馬咋山ゆ 越え来なる 雁の使は 宿り過ぐなり

はるくさを うまくひやまゆ こえくなる かりのつかひは やどりすぐなり
意味: 
春の若草を 馬が食うという咋山を 超えて来た 雁の使いは 一泊し過ぎて行った
作者:
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)この詩のタイトルは、泉の川辺にして作る歌となっています。ここまで続いて来た柿本人麻呂の歌は、柿本朝臣人麻呂之歌集からの歌です。この歌の中に現れる咋山(くひやま、京都府綴喜郡田辺町の飯岡)とは、馬が食う山(咋山)という意味で、この山の春の若草を馬が食べるという意味のまくら言葉で咋山を形容しています。

第8巻1757

1   草枕 旅の憂へを           くさまくら たびのうれへを
2   慰もる こともありやと        
なぐさもる こともありやと
3   筑波嶺に 登りて見れば        
つくはねに のぼりてみれば
4   尾花散る 師付の田居に        
をばなちる しつくのたゐに
5   雁がねも 寒く来鳴きぬ        
かりがねも さむくきなきぬ
6   新治の 鳥羽の淡海も         
にひばりの とばのあふみも
7   秋風に 白波立ちぬ          
あきかぜに しらなみたちぬ
8   筑波嶺の よけくを見れば       
つくはねの よけくをみれば
9   長き日に 思ひ積み来し 憂へはやみぬ 
ながきけに おもひつみこし うれへはやみぬ

意味:
1   仮寝の床の 旅の嘆きの
2   気分を晴らす こともできるかと
3   筑波嶺(筑波山の旧名)に 登って見れば
4   すすきの花穂の散る 師付の田居(かすみがうら市中志筑)に
5   雁の鳴き声も 寒く来て鳴く
6   新治(茨城県にあった郡)の 鳥羽の淡海(現在の小貝川近くにかってあった大きな湖)も
7   秋風に 白波が立つ
8   筑波嶺の 素晴らしさ見れば
9   長いこと 思い積もって来た 心配ごとはなくなる

 

作者:

高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ) この歌のタイトルは筑波山に登る歌一首あわせて短歌となっている。万葉集中に高橋虫麻呂の歌は、36首ある。虫麻呂の歌は日本の各地の地名(千葉、大阪、埼玉、茨城、奈良、兵庫など)を含む風物や伝説、動物や植物などに関する歌が多い。1744には、小崎沼(行田市)の旋頭歌がある。

 

第10巻2097

雁がねの 来鳴かむ日まで 見つつあらむ この萩原に 雨な降りそね

 

かりがねの きなかむひまで みつつあらむ このはぎはらに あめなふりそね
意味: 
雁の 来て鳴く日まで 見ていよう この萩の原で 雨よ降らないで

作者:

この歌の作者は不明です。萩原がどこのことか不明ですので、ここでは萩の原としました。「雨な降りそね」の「な」は否定の意味です。notが「na」になっているのは面白いですね。

 

第10巻2126

秋萩は 雁に逢はじと 言へればか  [言へれかも]  声を聞きては 花に散りぬる

あきはぎは かりにあはじと いへればか [いへれかも] こゑをききては はなにちりぬる
意味: 
秋の萩は 雁には逢はないと 言ったのか 雁の声を聞いて 花を散らせる

作者:
この歌も作者は不明です。雁は秋の後半にやって来くるので、秋の萩とはすれ違いになることを歌ったものです。最近では、気候変動のおかげで、雁のくる時期も萩の咲く時期も場所もづれていると思いますが、このすれ違いには、変化が無いのかもしれません。萩を擬人化して意識があるようにして、生き生きを歌っています。大伴家持風の自然に対する観察力の行き届いた歌です。

第10巻2128

秋風に 大和へ越ゆる 雁がねは いや遠ざかる 雲隠りつつ


あきかぜに やまとへこゆる かりがねは いやとほざかる くもがくりつつ
意味: 
秋風の中を 大和へ飛んで行く 雁の声は ああ遠ざかる 雲に隠れながら 

作者:
この歌の作者は不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。見たままの歌で分かり易いです。この後、2039まで、雁の歌が続きます。

第10巻2129

明け暮れの 朝霧隠り 鳴きて行く 雁は我が恋 妹に告げこそ

あけぐれの あさぎりごもり なきてゆく かりはあがこひ いもにつげこそ
意味: 
朝夕の 霧が深くたち込める中を 鳴きながら飛んで行く 雁よ私の恋を 恋人に告げてよ
作者
この歌の作者も不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。歌の中では、「朝夕の朝霧」になりますが「朝夕の霧」にしておきます。この歌は雁が大声で鳴きながら飛んで行く姿に、恋人への思いを託しています。

 

第10巻2130

我が宿に 鳴きし雁がね 雲の上に 今夜鳴くなり 国へかも行く


わがやどに なきしかりがね くものうへに こよひなくなり くにへかもゆく

意味:

私の家で 鳴いていた雁 雲の上で 今夜は鳴く声がするよ 国へ行くのかな
作者:

この歌の作者も不明です。歌のタイトルは雁を詠むとなっています。この歌の中で、「鳴きし雁が音」の表現があるが、雁が音が、雁そのものを表現していることが明確です。雁が音は、原文では、雁鳴、鴈之鳴、雁音、鴈鳴者、切木四之泣、折木四哭(最後の二つは高度な当て字)などがありますが、どれも雁が鳴くことを示しています。この章の最初に書きましたが雁には、マガン、ヒシクイ、カリガネの3種類がいるようで少しややこしいです。

 

第10巻2131

さを鹿の 妻どふ時に 月をよみ 雁が音聞こゆ 今し来らしも

 

さをしかの つまどふときに つきをよみ かりがねきこゆ いましくらしも
意味:

雄の鹿が 妻問いをする時に 月夜を見ると 雁の声が聞こえる 今まさに雁が来るだろう
作者:

この歌の作者は不明です。2128-2130までが遠ざかる雁の鳴き声を歌っているのに対して、この歌では今こちらに来る雁を歌っています。一連の歌は歌会における問答のような歌かも知れません。

 

第10巻2132

天雲の 外に雁が音 聞きしより はだれ霜降り 寒しこの夜は [いやますますに 恋こそまされ]

 

あまくもの よそにかりがね ききしより はだれしもふり さむしこのよは (いやますますに こひこそまされ)
意味:

天の雲の 外から雁の鳴き声が 聞こえて来た うっすらと霜が降りて この夜は寒くなった[いよいよ益々 恋しくなってきた]

作者:

この歌の作者は不明です。最初の「天雲、あまくも」ですが「天の雲と」訳しましたが、「雨雲」でも良いのではないかと思いますが、万葉集では「雨」という言葉はたくさん使われていますが「雨雲」という言葉は一度も使われていません。

 

第10巻2133

秋の田の 我が刈りばかの 過ぎぬれば 雁が音聞こゆ 冬かたまけて

 

あきのたの わがかりばかの すぎぬれば かりがねきこゆ ふゆかたまけて

意味:

秋の田圃の 私の刈り取る分担区域を 過ぎようとしたとき 雁の鳴き声が聞こえ この冬が真近いです
作者:

この歌の作者は不明です。刈りばかは刈り取る分担区域の意味ですが、「ばか」は捗る(はかどる)の「はか」です。

 

第10巻2134

葦辺なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁鳴き渡る [秋風に 雁が音聞こゆ 今し来らしも]

 

あしへなる をぎのはさやぎ あきかぜの ふきくるなへに かりなきわたる(あきかぜに かりがねきこゆ いましくらしも)
意味:

葦が生える水辺に 荻の葉がさやさやと音を立てる 秋風が 吹いて来た丁度そのとき 雁が鳴きながら渡っていった[秋風に 雁の鳴き声が聞こえ 今まさに来るらしい] 
作者:

この歌の作者は不明です。この近くの雁の歌は、景色を表現するもので分かり易いものが多いです。

第10巻2135

おしてる 難波堀江の 葦辺には 雁寝たるかも 霜の降らくに

 

おしてる なにはほりえの あしへには かりねたるかも しものふらくに

意味:

一面に照る 難波の堀江の 葦が生えている水辺には 雁が寝たかな 霜が降っているのに

作者:

この歌の作者は不明です。堀江は掘って水を通した人工の運河、ここでは大和川を大阪湾に流すために作った人口の運河です。大阪湾の砂の流れや地形の複雑さから大和から流れ出る大和川の水の排水が悪く、これを改善するために古代に工事をしたという。

 

第10巻2136

秋風に 山飛び越ゆる 雁がねの 声遠ざかる 雲隠るらし

 

あきかぜに やまとびこゆる かりがねの こゑとほざかる くもがくるらし

意味:

秋の風に 山を飛んで越える 雁の鳴く 声が遠ざかる 雲に隠れたらしい

作者:

この歌の作者は不明です。非常に単純な歌ですが、広々とした景色が思い浮かぶ良い歌です。

 

第10巻2137

朝に行く 雁の鳴く音は 我がごとく 物思へれかも 声の悲しき

 

あさにゆく かりのなくねは あがごとく ものもへれかも こゑのかなしき

意味:

朝、飛んで行く 雁の鳴く声は 私のように 物思いのせいか 声が悲しく聞こえます

作者:

この歌の作者も不明です。聴く人の心で、鳥の声も違って聞こえたのでしょう。

 

第10巻2138

鶴がねの 今朝鳴くなへに 雁がねは いづくさしてか 雲隠るらむ


たづがねの けさなくなへに かりがねは いづくさしてか くもがくるらむ
意味:
鶴の声が 今朝鳴いた丁度そのときに ガンの声が どこか目指して飛び 雲の中に隠れる
作者:
この歌の作者は不明です。この歌の中には鶴も歌われていますので、この資料の2.3章の鶴の項でも取り上げられました。

 

第10巻2139

ぬばたまの 夜渡る雁は おほほしく 幾夜を経てか おのが名を告る

 

ぬばたまの よわたるかりは おほほしく いくよをへてか おのがなをのる

意味:

真っ黒な 夜渡る雁は 声がおぼろげだ 幾夜か過ぎると 自分の名前を告げるようになる

作者:

この歌の作者は不明です。2128から歌われ続けて来た雁ですが、ここで一旦終わりですが、2144にもう一首雁の歌があります。

 

第10巻2144

雁は来ぬ 萩は散りぬと さを鹿の 鳴くなる声も うらぶれにけり

 

かりはきぬ はぎはちりぬと さをしかの なくなるこゑも うらぶれにけり

意味:

冬鳥の雁が来て 萩が散ったとでもいうように 雄の鹿の 鳴き声も 輝きを失った

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は12.4章の2126で「秋萩は 雁に逢はじと 言へればか 声を聞きては 花に散りぬる」と歌っているのと同様の状況を歌っています。

 

第10巻2181

雁が音の 寒き朝明の 露ならし 春日の山を もみたすものは

 

かりがねの さむきあさけの つゆならし かすがのやまを もみたすものは

意味:

雁の鳴き声が 寒々と聞こえ朝の東の空が明るくなるころ たしかに露だなあ 春日の山を 色づかせるものは  

作者:

この歌の作者は不明です。少しひねりが効いた歌のように感じます。

 

第10巻2183

雁がねは 今は来鳴きぬ 我が待ちし 黄葉早継げ 待たば苦しも

 

かりがねは いまはきなきぬ わがまちし もみちはやつげ またばくるしも

意味:

雁は 今来て鳴いている 私が待っている 紅葉よ雁に早く続け 待っているのはつらいよ

作者:

この歌の作者は不明です。この歌では、雁と紅葉を掛けて歌っています。この歌のように二つのものを掛けて、それに自分の気持ちを伝えるというのは、歌の一つのスタイルです。

 

第10巻2191

雁が音を 聞きつるなへに 高松の 野の上の草ぞ 色づきにける

 

かりがねを ききつるなへに たかまつの ののうへのくさぞ いろづきにける

意味:

雁の鳴き声を 聞いている間に 高松の 野原の草は 紅葉して来た 

作者:

この歌の作者は不明です。「なえ」は先に述べる事態と同時に他の事態も存在することを表していて、同時に二つのことが進行していることを表現している。

 

第10巻2194

雁がねの 来鳴きしなへに 韓衣 龍田の山は もみちそめたり

 

かりがねの きなきしなへに からころも たつたのやまは もみちそめたり

意味:

雁が 来て鳴いてる間に 唐の着物のように美しい 龍田の山は 紅葉が色づいた

作者:

この歌の作者は不明です。龍田の山は奈良県西北部と大阪府東南部との境にある山で桜や紅葉が美しい山です。

第10巻2195

雁がねの 声聞くなへに 明日よりは 春日の山は もみちそめなむ

 

かりがねの こゑきくなへに あすよりは かすがのやまは もみちそめなむ

意味: 

雁の 声を聞いたので 明日よりは 春日山は 紅葉に染まってしまうだろう    

作者:

この歌の作者は不明です。「声聞くなへ」の表現は10巻2194と同じで、二つのことが並行的に発生していることを表現しています。

 

第10巻2208

雁がねの 寒く鳴きしゆ 水茎の 岡の葛葉は 色づきにけり

 

かりがねの さむくなきしゆ みづくきの をかのくずはは いろづきにけり

意味:

雁が 寒々しく鳴いてから 絶景の 岡の葛の葉は 色づいた

作者:

この歌の作者は不明です。「水茎の」は岡に対するまくら言葉ですが、意味がわかりません。ただ、水の中から植物が茎を伸ばす美しい景色が思い浮かびますので、ここでは絶景と訳しました。

植物が水中で茎を伸ばす美しい景色1

植物が水中で茎を伸ばす美しい景色2

 

第10巻2212

雁がねの 寒く鳴きしゆ 春日なる 御笠の山は 色づきにけり

 

かりがねの さむくなきしゆ かすがなる みかさのやま  いろづきにけり

意味:

雁が 寒々しく鳴くと 春日大社近くにある 三笠の山(奈良の若草山のこと)は 紅葉してくるよ

作者:

この歌の作者は不明です。2195、2208、2212と同じ仕掛けの歌です。

 

第10巻2214

夕されば 雁の越え行く 龍田山 しぐれに競ひ 色づきにけり

 

ゆふされば かりのこえゆく たつたやま しぐれにきほひ いろづきにけり

意味:

夕方になると 雁が越えて行く 龍田山は 秋から冬への時雨と先を争い 紅葉して行く

作者:

この歌の作者は不明です。龍田山は奈良県西北部と大阪府東南部との境にある山で紅葉と桜で有名だった。

 

第10巻2224

この夜らは さ夜更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月立ち渡る

 

このよらは さよふけぬらし かりがねの きこゆるそらゆ つきたちわたる

意味:

この夜は 夜が更けてしまったらしい 雁の鳴き声が 聞こえる空を 月が渡って行った

作者:

この歌の作者は不明です。月が東からへ移動したことで夜が更けたと感じると歌っています。月を見ながら寝ていたのでしょうか。この時代に時間を知るための道具といったら天智天皇の水時計しかなかったのだろうし、そんなものが個人で使える訳はないし、やはり時間の経過を知る確実な方法は、自分の感覚以外では月の移動だったのでしょう。

 

第10巻2238

天飛ぶや 雁の翼の 覆ひ羽の いづく漏りてか 霜の降りけむ

 

あまとぶや かりのつばさの おほひばの いづくもりてか しものふりけむ

意味:

空を飛ぶ 雁の翼を 覆う羽の どこか漏れているので 霜が降るのだろう

作者:

この歌の作者は不明です。センスとユーモアの歌です。

 

第10巻2266

出でて去なば 天飛ぶ雁の 泣きぬべみ 今日今日と言ふに 年ぞ経にける

 

いでていなば あまとぶかりの なきぬべみ けふけふといふに としぞへにける

意味:

出て行けば 空飛ぶ雁のように 鳴いてしまうに違いない 今日行く今日行くといいながら 年を取ってしまった

作者:

この歌の作者は不明です。決断することのメリットとデメリットが頭に浮かび決断することができないことを歌っているが、最後の「年」は歳なのか年なのかにより、歳を取ってしまったとも、1年も経ったしまったの二つの読みからができる。

 

第10巻2276

雁がねの 初声聞きて 咲き出たる 宿の秋萩 見に来我が背子

 

かりがねの はつこゑききて さきでたる やどのあきはぎ みにこわがせこ

意味:

雁の声の 初声を聞いて 咲き出しました 私の家の秋萩が 見に来てください私の恋人よ

 

作者:

この歌の作者は不明です。分かり易くて景色も見える良い歌です。この歌のタイトルは「花に寄せる」となっていて主役は秋萩です。

 

第10巻2294

秋されば 雁飛び越ゆる 龍田山 立ちても居ても 君をしぞ思ふ

 

あきされば かりとびこゆる たつたやま たちてもゐても きみをしぞおもふ

意味:

秋が来れば 雁が飛んで越えて行く 龍田山 立っても居ても 君を思ってしまいます  

作者:

この歌の作者は不明です。龍田山は大阪府(河内国)と奈良県(大和国)の境にあり、ここを超えると君のいる国があるので、ここを飛び越える雁を見ると、立っても居てもいられなくなります。

 

第12巻3048

み狩りする 雁羽の小野の 櫟柴の なれはまさらず 恋こそまされ

 

みかりする かりはのをのの ならしばの なれはまさらず こひこそまされ

意味:

貴人が狩をする 雁が舞う野原の コナラ(馴れ馴れしさ)よ 彼女と馴れ馴れしくなれず 恋しさが増すばかりだ

作者:

この歌の作者は不明です。この歌の意図は、最後の2句ので「彼女と親しくなれず 恋しさがつのる」ということであるが、「なれはまさらず」の「なれ」をおこすために「ならしば」を使っている。雁羽の小野については、作者の創作の場所と思います。

 

第10巻3223

1   かむとけの 雲らふ空の          かむとけの くもらふそらの
2   九月の しぐれの降れば          
ながつきの しぐれのふれば
3   雁がねも いまだ来鳴かぬ         
かりがねも いまだきなかぬ
4   神なびの 清き御田屋の          
かむなびの きよきみたやの
5   垣つ田の 池の堤の            
かきつたの いけのつつみの
6   百足らず 斎槻の枝に           
ももたらず いつきのえだに
7   瑞枝さす 秋の黄葉            
みづえさす あきのもみちば
8   まき持てる 小鈴もゆらに         
まきもてる をすずもゆらに
9   手弱女に 我れはあれども         
たわやめに われはあれども
10  引き攀ぢて 枝もとををに         
ひきよぢて えだもとををに
11  ふさ手折り 我は持ちて行く 君がかざしに 
ふさたをり わはもちてゆく きみがかざしに

意味:

1   雷がはじけ渡る  曇った空の
2   九月(ながつき)の 冷たい雨が降れども
3   雁は まだ来て鳴かない
4   神が天から降りて寄る 神田を守る小屋の
5   垣根で囲った田の 池の堤の
6   たくさんの 神が宿るという槻(つき、槻には神が宿るという、けやきの古名)の木の枝に
7   みずみずしく色づいた 秋のもみじの葉を
8   手に巻き付けて持って 小鈴をからからと鳴らし
9   女性のような 我れではあるが
10  つかんで引き寄せて たわみしならせて
11  ふさふさと手折って 我は持って行く あなたの髪飾りにするために

作者:

この歌の作者は不明です。この歌の作者の名前が不明なためこの歌の作者は女性な男性がはっきりしません。歌の最後では、「あなたの髪飾りにするために紅葉を贈る」といことか書かれていますので男性と思われます。しかし、途中では自分のことを「手弱女」だといっていますので女性と考えられ矛盾しますが、ここでは、「手弱女のような自分」として男性としました。

第13巻3281

1   我が背子は 待てど来まさず      わがせこは まてどきまさず
2   雁が音も 響みて寒し         かりがねも とよみてさむし
3   ぬばたまの 夜も更けにけり      ぬばたまの よもふけにけり
4   さ夜更くと あらしの吹けば      さよふくと あらしのふけば
5   立ち待つに 我が衣手に        たちまつに わがころもでに
6   置く霜も 氷にさえわたり       おくしもも ひにさえわたり
7   降る雪も 凍りわたりぬ        ふるゆきも こほりわたりぬ
8   今さらに 君来まさめや        いまさらに きみきまさめや
9   さな葛 後も逢はむと         さなかづら のちもあはむと
10  大船の 思ひ頼めど          おほぶねの おもひたのめど
11  うつつには 君には逢はず       うつつには きみにはあはず
12  夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜に いめにだに あふとみえこそ あめのたりよに

意味:


1   私の恋人は 待てども来ません
2   雁の鳴き声も 響きわたって寒々しい
3   真っ暗な 夜も更けてしまった
4   その夜が更けると 嵐が吹けば
5   立ったままで待つと 私の着物の袖に
6   降る霜も 氷に一面に冷え込む
7   降る雪も 凍り渡る
8   今になって あなたは来ないでしょう
9   葛のつるが先で交わるように 後ででも会おうと
10  頼りになる大船に 私の思いを頼んでも
11  現実には 君には逢えない
12  せめて夢にだけでも 逢えると見えてこそ 天から満ち足りた夜になる

作者:

この歌の作者は不明です。この歌の前の歌3280は、この歌と非常に良く似ています。この歌は、光源氏のような男性の訪問を待つ女性の心を歌ったものです。正式に結婚しているのかどうかは不明です。

この歌で歌っている葛は、今では長い蔓を持つ雑草ですが万葉集ではこの歌以外でもたくさん歌われている。葛からは葛粉が作られ、葛粉からは葛餅が作られたたし、葛の花は、女性の髪を飾ることもあったらしい。葛の蔓は非常に長く丈夫であったのでつい最近までは、綱引きの綱などを作ることもあったという。

葛(雑草として広い空き地に現在も生えている)

葛の花

第13巻3345

葦辺行く 雁の翼を 見るごとに 君が帯ばしし 投矢し思ほゆ

 

あしへゆく かりのつばさを みるごとに きみがおばしし なげやしおもほゆ

意味:

葦辺を飛んで行く 雁の翼を 見るたびに あなたが腰に下げていた 投げ矢を思い出します

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は長歌に対して反歌として歌われたもので、この長歌も反歌も防人の妻が作ったものであるということが説明されています。夫は、外国との戦いのために九州へ行ったものと思われます。

 

第15巻3665

を思ひ 寐の寝らえぬに 暁の 朝霧隠り 雁がねぞ鳴く

 

いもをおもひ いのねらえぬに あかときの あさぎりごもり かりがねぞなく

意味:

恋人を思って 寝られずにいると 夜明け前に 朝霧がこもって 雁が鳴きました

作者:

この歌の作者は不明です。この歌には海辺にて月を望み作る歌9首というタイトルがついている。

 

第15巻3676

天飛ぶや 雁を使に 得てしかも 奈良の都に 言告げ遣らむ

 

あまとぶや かりをつかひに えてしかも ならのみやこに ことつげやらむ

意味:

天を飛ぶ! 雁を使いに 手に入れてその上 奈良の都に 言葉を告げに行かせよう

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は、福岡県糸島郡志摩町の糸島半島西南の引津で船泊して作る歌というタイトルルが付いている。天平8年(736年、藤原4兄弟が天然痘で亡くなる前年)に新羅に派遣される船のなかで、都の恋人を偲んで歌った歌です。

 

第15巻3691

1   天地と ともにもがもと     
あめつちと ともにもがもと
2   思ひつつ ありけむものを    
おもひつつ ありけむものを
3   はしけやし 家を離れて     
はしけやし いへをはなれて
4   波の上ゆ なづさひ来にて    
なみのうへゆ なづさひきにて
5   あらたまの 月日も来経ぬ    
あらたまの つきひもきへぬ
6   雁がねも 継ぎて来鳴けば    
かりがねも つぎてきなけば
7   たらちねの 母も妻らも     
たらちねの ははもつまらも
8   朝露に 裳の裾ひづち      
あさつゆに ものすそひづち
9   夕霧に 衣手濡れて       
ゆふぎりに ころもでぬれて
10  幸くしも あるらむごとく    
さきくしも あるらむごとく
11  出で見つつ 待つらむものを   
いでみつつ まつらむものを
12  世間の 人の嘆きは       
よのなかの ひとのなげきは
13  相思はぬ 君にあれやも     
あひおもはぬ きみにあれやも
14  秋萩の 散らへる野辺の     
あきはぎの ちらへるのへの
15  初尾花 仮廬に葺きて      
はつをばな かりほにふきて
16  雲離れ 遠き国辺の       
くもばなれ とほきくにへの
17  露霜の 寒き山辺に 宿りせるらむ 
つゆしもの さむきやまへに やどりせるらむ

意味:

1   天地と 妻と二人一緒にありたいと
2   心の底で思いつつ あったであろうものを
3   ああ、いたわしいことよ 家を離れて
4   波の上を 漂い来て
5   新しい 月日も過ぎ行
6   雁も 絶えず来て鳴く頃になれば
7   親愛なる 母も妻も
8   朝露に 裳のすそが汚れ
9   夕霧に 袖口を濡らし
10  幸せそうに しているだろう
11  家の外で 待っているもを
12  俗世の 人の嘆きは
13  こちらから一方的に思うだけの 君であるかも
14  秋萩の 散る野辺の
15  穂の出始めたススキを  粗末な小屋の屋根に葺いて
16  雲の彼方の 遠い国のどこか
17  露霜の 寒い国のどこかに 君は暮しているだろう

作者:

葛井連子老(ふぢゐのむらじこおゆ)この歌には、壱岐の島に至りて、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)のたちまちに鬼病に遇ひて死去にし時に作る歌というタイトルが付いています。葛井連子老と雪連宅満は、天平八年に遣新羅使に同行したが、壱岐の島まで来たときに、雪連宅満が天然痘で急死した。雪連宅満は、寄港地の九州で、天然痘に感染したらしい。この時挽歌として、葛井連子老が歌ったのがこの歌です。壱岐の島には、今も雪連宅満の墓があるという。

 

第17巻3947

今朝の朝明 秋風寒し 遠つ人 雁が来鳴かむ 時近みかも

 

けさのあさけ あきかぜさむし とほつひと かりがきなかむ ときちかみかも

意味:

今朝の東の空が明るくなる頃 秋の風が寒い 遠くから 雁が来て鳴く その時期が近いかも知れません

作者:

守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)万葉集のこの歌の作者は守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)となっているが、ここで守とは、地方の長官、国司の長官、地方官の長などの意味である。

 

第17巻3953

雁がねは 使ひに来むと 騒くらむ 秋風寒み その川の上に

 

かりがねは つかひにこむと さわくらむ あきかぜさむみ そのかはのへに

意味:

雁は 使いに来ると 騒いでいる 秋風が寒い その川の上に

作者:

守(かみ)大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)雁がねの歌は歌会のテーマになっているものが多い。内容的には前の歌の内容や言葉を受けて歌ったものが多い。

 

第19巻4144

燕来る 時になりぬと 雁がねは 国偲ひつつ 雲隠り鳴く

 

つばめくる ときになりぬと かりがねは くにしのひつつ くもがくりなく

意味:

ツバメが来る 時になると 雁は 帰る国を思いつつ 雲に隠れて鳴きます

作者:

大伴宿禰家持(おおとものすくねやかもち)この歌は7.1章のツバメの部分でも取り上げました。

 

第19巻4145

春まけて かく帰るとも 秋風に もみたむ山を 越え来ざらめや [春されば帰るこの雁]

 

はるまけて かくかへるとも あきかぜに もみたむやまを こえこざらめや (はるされば かへるこのかり)

意味:

季節が春になって このように帰って 秋風に 紅葉する山を 越えて来ないか、いや、きっと来るに違いない[春が来れば帰るこの雁]

作者:

この歌の作者は不明です。かっこ内の「春が来れば帰るこの雁」とすると、全体の歌の意味を分かり難くするように思います。

 

第19巻4224

朝霧の たなびく田居に 鳴く雁を 留め得むかも 我が宿の萩

 

あさぎりの たなびくたゐに なくかりを とどめえむかも わがやどのはぎ

意味:

朝霧が 横に長く引く田んぼに 鳴く雁を 留めることができるかも 我が屋の萩は 

作者:

この歌の作者は不明です。この歌は、秋が深まっても我が家の萩が元気なので、「秋の終わりには渡ってしまう雁もこの後もここに留めること出来そうだ」と歌っています。

 

第20巻4296

天雲に 雁ぞ鳴くなる 高円の 萩の下葉は もみちあへむかも

 

あまくもに かりぞなくなる たかまとの はぎのしたばは もみちあへむかも

意味:

天の雲の中で 雁が鳴くと 高円山(春日山の南の山)の 萩の下葉は  色づくことであろう

作者:

左京少進大伴宿禰池主(さきょうしょうしんおおとものすくねいけぬし)左京少進京とは京の司法、行政、警察を行った行政機関です。

 

第20巻4366

常陸指し 行かむ雁もが 我が恋を 記して付けて 妹に知らせむ

 

ひたちさし ゆかむかりもが あがこひを しるしてつけて いもにしらせむ

意味:

睦の国(茨城県付近)を 目指して 飛んで行く雁がいたら 私の恋を 手紙に持たせて 恋人に知らせよう

作者:

物部道足(もののべのみちたり)常陸の人で防人として築紫に派遣された人。万葉集には二つの歌がある。